JCBギフトカード5,000円分を2名様に!

JCBギフトカード5,000円分
違いがわかりにくいもの
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職場での時間管理術~ワーク・ライフ・バランスの推進や残業削減に向けて~
- 『あの頃私も若かった…』
(小さな宝物) - あの頃私も若かった_失敗をバネに成長
(漫画でつづる ワーキングマザー放浪記) - そして俺は封印したんだ・・・
(あせらず ゆっくり マイペース!) - 「あの頃私も若かった…」
(ロハス商店) - あの頃私も若かった
(j-mode)
2007年11月01日
あの頃私も若かった…
【追記07年12月14日】ご意見番がコメントしました!-----------
ホントに色々な失敗を繰り返し、そこから学ばれた方もいらっしゃるようですね。
“あの時、もっときちんとした研修を受けていたなら…”
“あの時、もっときちんとした研修を受けさせていたなら…”
と思った方もいらっしゃるのでは?
そこで今回は、「研修を通じた従業員教育のポイント、研修効果を高める方法等」について、ご意見番「平松氏」にコメントをいただきました!
ちょっと覗いてみると…
●研修を通して従業員に教育しておかなければならないこと
大きく分けてその項目は4つあると思います。
①社会人としての自覚
②社会人として円滑なコミュニケーションを図るために必要な「ビジネスマナー」
③電話応対・来客応対・訪問などに関する具体的な知識・スキル
④会社独自のルール、業務に必要な特有の知識
●研修効果を高めるために必要なことは何か?
やる気になって職場に戻ってきた研修生達に必要なのは、適切なフィードバックです。努力が感じられた時、上手くできるようになった時に「がんばってるね」「うれしいよ」「助かった」などの承認の言葉がけがあれば、彼らはやる気を維持・継続することができるでしょう。適切なフィードバックのためにも研修内容を知っていただくこと、また、報告書によって各人の課題を共有していただくことが大切だと思います。
この他にも「研修の重要性」についてご意見番が詳細に解説!!
ご意見番のコメントはご意見番事務所でお読みになれます!
【追記07年12月10日】JCBギフトカード当選者発表!-----------
全国50万店で使用可能の商品券JCBギフトカードの当選者発表です!
☆コメント「チェレ」さま
☆ブログ「御道具箱 」さま
若い頃には、失敗がつきもののようですね。
プレゼントの商品券は、ご自身の成長につながること等にご活用ください!
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【追記07年12月3日】11月度のテーマ「あの頃私も若かった…」へのコメント・トラックバックの受付は終了しました。
12月度のテーマでコメント・トラックバックを受付中です。ぜひ、ご応募ください!
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働き始めて間もない頃には、右も左も分からずに仕事をせざるを得ないことがあります。いろいろな失敗を繰り返して反省し、成長を重ね仕事をスムーズに進めることができるようになった方も多いのでは?
私 事務局員 佐藤自身は、「決裁権を持つ重要な部長に会議召集のメールを送るのを忘れてしまった」「名刺交換の時に役職が一番低い人に最初に名刺を渡してしまった」「会社のホームページにキャンペーンページを掲載したら誤字が見つかり、修正する羽目に…」等々、失敗談を挙げるとキリがありません…。
そこで今回は、
・仕事における失敗談
・失敗をバネにして成長したこと
を教えてくださいネ!
●今回のテーマ
『あの頃私も若かった…』
~仕事における失敗談、失敗をバネにして成長したこと~
【今回のテーマの応募受付期間】
平成19年11月1日(木) ~ 平成19年11月30日(金)
【抽選発表】
平成19年12月10日(月)に当ページおよび当選者にe-mailでお知らせ
【今月のプレゼント】
JCBギフトカード 5000円分を2名の方に!
全国50万店で、ご利用いただける商品券です。
お買い物はもちろん、お食事や宿泊にもご利用いただけます!
ご利用いただける店舗は、 JCBギフトカードのWEBサイトへ!
●皆さんの経験やご意見を“その道のプロ”が 総括&指南!
“その道のプロ”が皆様からいただいたコメントやトラックバック記事を読んで、ご意見番事務所に総括、指南記事を掲載いたします。
今回のテーマの御意見番の記事は、12月14日(金)ごろにアップ予定です。
今月のご意見番は・・・
平松 容見子(ひらまつ ゆみこ)氏
産業カウンセラー
メンタルヘルス・マネジメント検定 Ⅱ種(ラインケアコース)
秘書技能検定 準1級
1984年3月に大阪大学経済学部経営学科卒業後、シャープ株式会社入社。人事本部、秘書室(社長秘書)、東京広報室を経て、研修講師として独立。現在、企業研修および子育てコーチングの講師、キャリアカウンセラーとして活動中。大手企業、医療法人、学校法人、公益機関等で研修講師を務めるなど幅広く活躍中である。
◆専門分野
・新入社員研修全般
・入社3年次研修
・リーダーシップ・管理職研修
・接遇マナー研修、電話応対研修 クレーム対応研修
・コミュニケーションを主体とした自己表現研修(自己分析・交流分析・自己開示・アサーション)
・メンタルヘルス関連研修(アクティブリスニング他)
・キャリアカウンセリング
・親のための子育てコーチング(ハートフルコミュニケーション)
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「うまく気持ちや内容を伝えることができずに失敗した」という経験をお持ちの方はいらっしゃいませんか?
そんな方には、池上彰氏の講演がオススメ!
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電話応対が苦手だった私は、電話が多い職場に転職した初日にかかってきた電話でこんなやりとりをしました。
「○○課長さんに代わってくれる?」
保留にして、○○課長に伝えると
「今忙しいからかけらんないよ!」と言われ
「すみません、今忙しいから出られないそうです」
・・・と伝えてしまい、お客様にも
不快感を出され、○○課長にも
「そういうときは”電話中”って言うもんでしょ!」と怒られ・・・。
今でも、電話応対をするたびに
気をつけようと思うのは、この経験があったからこそでした。
今からン十年も昔のこと、コネ入社だったので、当然伝わっているものと、配属の面談で本社行きを打診した人事部長に「私は、東京営業所しか行きません」と宣言。私にすれば当然のことを言ったまでですが、今思えば怖いもの知らずの小娘でした。 その後、無事東京営業所に配属されて行った時、怖そ~な先輩に「すごいこが来るって行ってたけど普通の子じゃん」??どうやら噂が噂を呼んですごいことになってたようです。
20歳のころ働いていた会社は30人あまりの小さい会社で上司の目が常にありました。何をするにもいやらしい目で見ていました。私は若いこともあって学生気分が抜けず、カラコンにルーズソックスを履き派手な私服で出社しては目をつけられていました。そのこともあり部署をショップから経理にまわされてしまいました。そのいやらしいやり方にすぐさま「やめます!」と言いに行き、突然のことにびっくりした上司は「まず考えて」といいましたが「今日でやめます!」と私も啖呵をきってしまい、次に就職先も決まっていないままやめたので、生活が大変でした。今思うと若い!の一言です。
頭が痛くなると氷でおでこを冷やします。先日も夜中にかなり痛みがひどくなり、暗闇の中をフラフラしながら台所へ。冷凍庫から、あらかじめビニール袋に入れてある氷を取り出して、おでこにのせて眠りました・・・。翌朝、目が覚めてみると、母の枕元には解凍されたイカが転がっていました。】
本社に勤めていました。ラジオ体操がいやでしたが,接待の食事会は,普段頂けない高価な食事をタダで頂けたので,断りませんでした。海外出張の土産で,香水は,買ったことがありませんでした。でも,お昼に,頂き物のラーメンを炊きだしするのが嫌でした。接待の運動会や,野球大会は,楽しかった。もちろん仕事は,好きでした。6年間いて,2人出産しました
実家の食堂を継ぐ為 修行していた店でのこと。観光シーズンという事もあり 猫の手も借りたい日々。そのある日 出した後に気付いた事ですが調味料(塩と砂糖)を入れ間違えてお客に出してしまい・・・。作った人を呼んでくれと云われ怒られるのを覚悟で行ったら 「美味しかったですよ」と一言。厨房に戻る途中涙が溢れてきました。今はそのような失敗は無いですが 気遣う心を学んだ気がします。
30年以上前のことです。学校を卒業し、生命保険会社の本社に入社しました。そこは全国からの契約申込書が集約され、点検する部門でした。入社間もない頃、私は先輩たちが点検した申込書に記入漏れ等の不備があると、取扱支社へ照会の文書を書く仕事でした。不備項目は申込書に付箋がはってあり、不備項目の照会文書をする前に誤って、付箋を全部とってしまいました。1から先輩がたに再度点検をさせたことがあります。怒られたの何のひどいものでした。
また、当時は手書であり、仙台支社を仏台支社、蒲田支社を浦田支社と記入してしまい。みんなから“ふつだい”支社とからかわれたりしましたが、懐かしい思い出です。
また、仕事をする姿勢として「仕事は70%の力でしなさい。100%の力で仕事をすると周りが見えなくなる。あとの30%は周りに気配りをしなさい」と教えられ現在にいたっています。
入社間もない頃、とある交渉ごとのバックアップをしていたときのこと。
交渉相手の主張する内容が稚拙であると感じたため、ひとつひとつ理詰めで真っ向から否定する反論(資料)を準備しました。
それなりに完成度が高いと自負していたところ、上司から「この交渉は相手と喧嘩するためのものではなく、合意点を見つけるための交渉なんだから、否定したらうまくいかないよ」とやんわりと指導をいただきました。
言葉の優しさに救われましたが、自分の姿勢や態度を振り返り、大きく落ち込んだことが成長の糧となりました。
10代のころ、初めての就職で働いたサービス業のお店で休憩室でご飯を食べていたらレジからお客様のお怒りの声が!!
あわてて対応をするために表へ出て行ったら、怒っていたお客様が笑いながら「もういいわ・・・気をつけてや」と去っていきました。
訳がわからずに振り返ったら・・・口の横に思いっきりケチャップがついたままでした。
ハンバーガーは要注意ですね。
入社一年目のこと、上司から翌朝締め切りの資料作成を頼まれ、その日はどうしても観たいテレビ番組があり、自宅での資料作成を選択しました。
自宅では、電話は鳴るは、なんやかんやで仕事がはかどらずこのままでは徹夜になる予感がし、徹夜はあまり経験がないのでどうしようどうしようと悩んだ末、リゲイン飲めば朝までがんばれるのでは考え実行。
結果、3時くらいからの記憶がなく気づいたら9時。遅刻するわ仕事はできなかったわで、大目玉でした。
旅行会社に勤めていた時のことですが、海外旅行の添乗員としてローマの空港でチェックインの手続きをしていたとき、あろうことかトランクをスリに盗まれてしまいました。幸いパスポートは別の手提げにあり、無事だったのですが、ツアーのお客様にはひやかされるし、会社からは絞られるし、散々でした。しかし、旅行の本当の怖さを知ることができ、いい経験となりました。
20年前モータースポーツの監督をしてましたが、その頃、あだ名が「オヤジさん」と選手に慕われ充実ある仕事をしてました。自分では若いのにと思いつつ多少の不満はありましたが。当時のパネルを眺めつつ懐かしく思っておりました。しかし子供達はパネルと現在の私を比較し本当に「オヤジさん」になったと言われてます。監督経験を得たお陰で子供達は私の話は良く聞いてくれます。
1年前は私も金融関係の仕事をしておりました。
事務担当でしたが、電話対応の多い部署にいましたので、電話をとることが多かったです。
ある日、同期の松本君と仕事の話をした後、すぐに電話が鳴ったのであわてて出たのですが、私は松本君でもないのに、とっさに「○○部の松本です!!」と大きな声で電話に出てしまいました。
当然同じ部署の人はクスクス笑い出し、上司にも「結婚して、苗字が変わったのか?」と突っ込まれてしまいました。
今は良い思いでです。
あの頃は若かったなあとつくづくおもいます。
以前勤めていた会社で、会社のHPを更新することを任されたのですが、新入社員が入ったときなど顔写真を入れなおさないといけないのですが、簡単だと思い込み、上司のチェックを受けずに更新した結果、写真が変に圧縮されて笑える顔になってしまっていました。当然上司には絞られる羽目に・・・。今となっては報連相の大切さを知った失敗談です。
新入社員の頃、電話対応で保留ボタンを押したつもりで上司に回したところ、切れてしまいました。
1回なら許されるけど、2回続くと上司の爆弾が投下されてしまいました。
その当時は、やっちゃった!としか思いませんでした。
今では、その上司の怒った理由がよく理解できるので、トホホな思い出となってます。
経理の仕事をしていた頃、業者への【支払日】が土日と重なり、たまたま上司が不在で私が勝手に金曜日を支払日に指定しました。その頃当社は景気が良く、逆に「資金繰りに困っている業者さんもいるかもしれない」などと私は考え、よく言えば良心からそうしました。その後上司から、「なんで早くしたのか、月曜日にしなさい」と言われ、支払日を何十件分、変更しました。そしてその際、銀行手数料が発生し損を出してしまいました。(給料から差し引くと言われましたが、どうやら冗談でした。よかった・・)つまり、これは「継続企業」ということで、一度決めたことはずっとその後も同じ行為をしなければいけないということで、土日をはさんだからといって支払日を早くしたり、遅くしたりしてはいけないということがわかりました。
会社で来訪された外国のお客様がいらして役員室にお通しした後、コーヒーやお食事をお出ししましたが、その部屋のドアは、自動的にしまったりする前後に大きく開くタイプのもので、両手に大きなお盆の上にコーヒー、サンドイッチ、お絞り、デザートをのせていましたが、こぼれるのを恐れた私はゆっくりと入ったため、そのドアが勢いよくお盆を持ってる私のひじだったかに当たり
お絞りがころころと落ちて、部長にあわててひろっていただいたことがあります。緊張もあり、真っ赤になって恥ずかしい思いをしたことがあります。もちろんお客様も笑っておられたと・・。目をあわすこともできず、ただただ、頭を下げて、
セットした後は急いで部屋を出て行きました。
若かったとき、初々しいときもあったんですよね。
サウジアラビアから17人のお客様がいらっしゃいました。
当時の上司に「彼らは断食中だからね。」
と言われ、食べられないからお茶だけでいいのかと勝手に思い、17杯のお茶をお出ししたら、片っ端から断られました。勿論上司にも「さっき言ったよね?!」と怒られました。
断食って書くけど、飲み物も飲んではいけないんですね。知りませんでした。
無駄に入れた17杯のお茶を捨て、17個のお茶碗を洗う私でした・・・。
大学を卒業後、保険の営業をしていました。やはりターゲットは20代、30代の方なので、年配の方とはあまり話をしませんでした。
ある日、「部長が話しかけてもらえなくて、へそを曲げている」と仲のいいお客さんから聞いて。それからは、まっ先に部長さんへまず挨拶、それから雑談。すると、社員の方の結婚、出産情報、時には「入ってやれよ」の一言も頂けて・・・。
新規の企業訪問時には必ず、年長者を立てることを学びました。
短大時代、初めての会社の面接に私服でしかも髪をお団子にして行ってしまった私・・・。親戚のコネでもあったし、初めはバイトからねって言われてたのもあったけど、面接してくれた店長とマネージャーはちょっとひいてた。それでも働かせてもらえて感謝です。もうその会社は辞めちゃったけど、そこで学んだことは多かった。
私が新人プログラマーだった頃。あれは今思い出しても魔が差したとしか思えません。ある項目だけを消去したかった私。なぜだか頭より先に、手が勝手にすべてを消去!!作ったプログラムどころかコンピュータ内すべてが真っ白で、起動すらしない状態に・・・私の頭も真っ白で、膝はガクガク、全身アブラ汗。SEさんに泣きついて、何とか修復してもらいましたが、あのときの血が引いていく感覚は今でも生々しく覚えています。その後、消去作業にはとても慎重になった私です。
大学を卒業して新卒で入社したのが銀行でした。
残業が多かったのですが、そのほとんどがサービス残業で不満でたまりませんでした。
帰りの時間がまちまちで友人との約束に贈れることもあったりで嫌になり半年もたたずに退職しました。
今思えば、どこでもサービス残業はあたりまえだし、ボーナスなどの待遇もよかったのにもったいないことをしたと思ってます。
今の私だったら絶対辞めてないと思います。
ほんとに若かったと思います。
大学では建築とは全然無関係の勉強をしてた私が、何故か建築設計事務所に入社。
先輩に「明日朝から建設現場に行くから、直接現場に来て」と言われ、次の日の朝、現場へ出勤。
現場というものがはじめてだった私。なんとハイヒール、スカートで行ってしまいました。スカートをヒラヒラさせて、はしごを登ったり、ヒールで仮設の足場を歩いたり・・・。
先輩には怒られるし、職人さんにはスカートの中見せちゃうし、それより何より足を踏み外して落ちるんじゃないかと命の危険を感じました。
それから、数年・・・スカート派だった私のクローゼットの中は、今はもうほとんどパンツです。
私は入社当時とにかく電話応対が苦手で、電話が鳴るとドキドキしていました。自分で電話を取るのがすごく嫌で、いつも席を立ってトイレなどに行ってたり・・・駄目ですね。ちなみに今でも苦手は降服できず、電話の鳴らない部署に移動しました(笑)そのかわり、変なところだけは成長して電話ではなく、人と顔を合わせる接客には自信がつきバリバリ接客しまくってます。
入社したての頃は、同期とばかりつるんでいました。先輩や上司から、飲みに誘われるのは、とってもいやでした。でもでも、歳をとり、先輩や上司の話は仕事や人生に役に立つことが本当はあるということが分かりました。
若かった頃、誘いを断ってしまっていたことがもったいなく思われます。
通販・生協に商品を卸す商社に勤めていたときのこと。入社してすぐに、カタログに使う商品の写真撮影に行きました。自分で撮影レイアウトを決めて、プロのカメラマンさんへ指示を出すわけですが、そのときの商品が鍋で熱々の具材を煮込んでいる写真を撮りました。ただ夏だったこともあり、蒸気があまり見えなかったので、カメラマンさんの意見を聞きながら煙草の煙を足しながら撮影しました。見た目は非常に素晴らしいと思い、自信を持って完成させました!
そのフィルムを持って、通販へプレゼンしたときは、いい写真だと褒められたのですが、生協のバイヤーに見せると「嘘の煙だね」と見抜かれてしまい、お客さんへの誠実さを売りにしている生協では使えないと言われました。このためにもう一度撮影をしなおし、費用も無駄遣いするハメに…。このときに、自分主導の見方ではなく、顧客が何を求めているのかを考えなければならないと胸に刻みました。
広い視野と、目的を忘れずにいろいろと覚えて生きたいですね。
帳簿チェックの仕事をはじめて任された時。右も左も分からない新人には「お土産」と言って、わざと間違いを教えてくれる(手ぶらで帰るとかわいそうだから)。そうとは知らず「不正流用ではないですか?」としつこく詰問した。。総務部長も今思えば顔が引きつっていた。。今思えば青かったなあと思います。
中学時代、必死になって勉強し、県内有数の進学校へ合格。
その栄光を引きずったまま、高校時代は部活に明け暮れ、家に帰っては寝るだけの日々。
客観的に見れば、当然大学は受かるレベルではなかったが、
「ここ(高校)にいる限り、みんないいところに行けるだろう」
そんな思いで本番の試験へ…
結果、滑り止めと思われた大学も不合格になり、
1年間の浪人生活へ。
周りが大学生活を楽しむ中、苦しい思いをして、
ようやく合格。
あの頃と比べ、記憶力は衰えてしまいましたが、
根性はついた気がします。
これはバイトの話なんですが実はホッカホカ弁当ではたらいていたんですが失敗談はお客のおつりを間違えてしまって店長に叱られるどころかクビになりました。ちなみにこれは10回もミスってしまいました。でもこれからは自分を信じます!
新人の頃、上司から「僕の言うことだけきいていたらいいからね」と言われ、例えば、お昼ご飯は他の女子社員と行くな/部署のトップには自分からいうから直接会話をするな/貧血を起こすなど体調が悪くなったら、いつだって休憩していいぞ/自分から提案するな・・・などと一挙手一投足にコメントがついたものです。しかし、2、3ヶ月経ったある日、どうもおかしいと気づき、本領発揮し始めた頃(本来、自ら考え行動するのが性分)から、上司がつめたい態度を取るようになり、結果的に上司が退社しました。置き土産の言葉は「(上司)の机の中のことは全て私が把握しているから処分してくれ」と言っていたと、間接的にトップより聞かされました。・・・いえ、机の上のものさえも触ったことがありません!と訴え、処分は他の男性社員にお願いしました。あの頃、私も若かった・・・今は天地がひっくり返るようなお局家業を貫いています!
会社に初めて行く日って とっても緊張しちゃいますよね。
私もそうでした。
カチコチになって座っている私に やさしい先輩が
「緊張しなくても平気だよ!!」
とお茶をだしてくれました。
私は「わざわざ ありがとうございます。」
といいたかったのですが・・・
「いちいち ありがとうございます」
と言ってしまいました。
けして いちいちうるさい なんて思ってなかったんですけどね・・・。
後々まで言われ続けました・・・。
不動産会社で仕事に慣れた頃、億の契約書のゼロをひとつ、間違えてしまいました。
何度も見直し、上司にも確認してもらったのに、なぜそうなったのかいまだに謎ですが、出来上がった製本契約書を前に一人青ざめ、辞表を持って上司に報告し詫びました。
上司も一瞬固まりましたが、その時は一言も私を責めず即対処し、無事契約できました。
全てが終わってから打ち上げで「もうやるなよ」と言われてほっとして、初めて涙が出ました。
大切なことをたくさん教えてもらったと思います。
本当に、あの頃は若かった!
何でも上司に言うように言われ、間に受け、細かいことを言ってはおこられました。細かいことでも言わないといわないで怒られもしました。タイミングと上司の気分や事の内容を少しは忖度してやるようにはなりましたが、当時は割り切れなくてふらふら出した。自分をしっかり持たないとっと思ってます。ホントあの頃若かった!でも、実は今でも若く大人になりきれてないなーいい年なのにって思ってます
男性ばかりの会社に契約社員で入社した時のことです。とても大事にされ、その状態を楽しみつつ、いい子ぶってなんでも仕事を引き受けているうちに、ボタンつけて、あれして。これして・・とまさにお母さん状態・・。正直、大変でした。今なら適当にあしらえるのになあ・・。
銀行でお仕事をはじめて為替を担当していた私。
入行1年半ほど経ち、それなりに知識も身に付いてきた頃、お客様の手形が落ちない騒動でその会社の経理担当の人にご連絡した際、
「〇〇会社の〇〇銀行の口座から〇〇万円の振込みがあるはずなんだけどまだ入っていない!?」と聞かれ
「まだ入金されていないようですが・・・」と言うと
「どうしてこう言う事が起こるの?」と聞かれ
「それはこちらでもわかりません」と言うと
「例えばどう言う事が考えられる?」とすごくしつこく聞かれ・・・
警察の事情聴取を受けている感じになりつい
「こう言った事が考えられるかもしれませんが・・」と言ってしまい、
後で外交さんにさんざん注意を受けました。
その経理担当者さんは、とても難しい人で
過去にも何人もの人が怒られた経験もあり、意地悪で有名でした(涙)。
今だったら、絶対に「わかりません」って言い通す自信がありますが、
あの頃の私には難しいお客様でした。
他人のお金を扱う仕事って難しいですよね!
もう懲り懲りです。
最初入社した会社は親父のコネで入社したが、
親の敷いたレールを走るのが嫌な俺は、その会社を辞め、転職を繰り返していた。子供が生まれた時も何回目かの転職に就いていた。
…が、この不景気で3人で生活するのも一苦労だった。しまいには妻は精神障害を患い、育児どころか家事全般ができなくなってしまった。
40を前にして妻の通院生活の為
彼女の実家で3世帯同居が始まるが、彼女と母親&祖母・姉は犬猿の仲と知る。
3人にとって彼女は育児放棄した母親と思われているらしい…。
もう少し若かく高月給取りだったら彼女を救えたのだと思う今日この頃だった
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あるメーカーに勤務していたときのこと、自分の課でフロッピーが大量に必要になったので、どうしたものかと考えた挙句、何も考えず社内メールで送信先を「社員全員」という項目にチェックを入れ、「フロッピーをください」とメールを流した。「社員全員」ということは社長をはじめ、1000人以上の名前が羅列されたメールが送られるということも知らなかった私・・あちこちの部署から「パソコンがハングアップした!!」と怒鳴られました。何も知らなかった私の無知さに呆れました
by papi0618 | 2007-11-01 17:54